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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)2271号 判決 1957年12月16日

原告 中野文男

右代理人弁護士 児玉義史

被告 アトランテツク商事株式会社

右代表者 野原吉之助

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

訴外入丸電気株式会社が昭和三十一年十二月十日被告会社を受取人とし、何れも金四万円の(一)、満期同年十二月二十三日、振出地及び支払地共に東京都千代田区、支払場所株式会社東京都民銀行神田支店なる約束手形(二)、満期昭和三十二年一月十八日その他前同様なる約束手形及び(三)、満期同年一月二十日その他前同様なる約束手形各一通を振出し、右各約束手形に被告の白地式裏書がなされたことは何れも当事者間に争がなく原告が右各約束手形の所持人として右手形金の支払を求めることは本件口頭弁論の全趣旨により明かであるから原告はその適法の所持人とみなすべきである。

而して、原告が満期昭和三十一年十二月二十三日の約束手形については満期の翌日である同月二十四日、満期昭和三十二年一月十八日の約束手形については満期の日に、支払期日同月二十日の約束手形については満期の翌日である同月二十一日各その支払場所に支払のため呈示をしたが、その支払を拒絶せられたことは当事者間に争がなく、裏書の署名捺印部分の成立につき争がない甲第一乃至第三号証の各一の裏面第一裏書欄中には、何れも「拒絶証書作成の義務を免除します」との印刷文言がありその下部に被告会社の本店所在地及び被告会社代表者名のゴム印が押印され、又その左側にこれと並んで裏書をする箇所に被告会社代表者のゴム印が押捺されておるにもかかわらず、前者の被告会社代表者名下には捺印がなく、後者の被告会社代表者名下に限りその捺印がなされておるにすぎない。けれども証人土屋冷子の証言によれば被告会社では従来約束手形に裏書をなす場合には拒絶証書作成義務免除の箇所と裏書の署名をなす箇所の両方に被告会社代表者のゴム印を押印したことはなく裏書の署名をなす箇所にのみ右ゴム印及び代表者の捺印をなす例であつたことを認めうるから、かような事情と前記捺印の箇所とに照し、前記裏書欄に存する被告会社代表者名下の捺印は、署名捺印について拒絶証書の作成義務の免除と裏書との二箇所になすべきものを兼ねる意思をもつて裏書をなす箇所に単に一箇の署名捺印をなす場合と同じく、右二箇所にある二箇の被告会社代表者名下に夫々捺印することを避け、単に一箇の捺印のみを為すことにより一箇の記名捺印のみを完成したものと解すべきである。従つて、右甲第一乃至第三号証の各一の裏書欄の記載により被告会社は前記裏書と同時に拒絶証書の作成義務を免除したことを認めることができる。

けれども、成立に争がない甲第四号証、証人田川正衛、同竹島繁三、同土屋冷子及び同奥村祥吉の各証言並びに原告本人尋問の結果(証人奥村祥吉の証言及び原告本人尋問の結果中下記認定と異る部分を除く、その部分は信用できない)を綜合すると本件約束手形は元訴外東京三協電機株式会社から受取人を被告会社として振出された金十二万円の約束手形一通だつたものを、右訴外会社は昭和三十一年十一月末頃商号を入丸電機株式会社と改めたため、右約束手形は本件三通の約束手形に書きかえられたものであるが、右先発約束手形振出の経過は、原告はその頃その義弟に当る、当時被告会社の販売係をしていた訴外奥村祥吉に対し、三菱製営業用電気冷蔵庫一台を被告会社を経て他に売却することを委託し、奥村は、被告会社の取引先だつた訴外東京三協電機株式会社に対し金十五万円で売却し、右代金中金三万円は現金でその支払を受けたが、残金十二万円については同訴外会社振出の金十二万円の約束手形一通の振出を受けたこと、しかるに、右電気冷蔵庫の売却に当り前記奥村は相手方に対する信用上被告会社電気部長田川正衛の諒解の下に被告会社から前記訴外会社に売却する形式を採つたため、約束手形は被告会社を受取人として振出されたので、奥村は、被告会社に対し、自己又は右電気冷蔵庫の実質上の売主たる原告において右手形金の支払を求める必要上之に裏書を為すことを求め、その白地式裏書を受けた後、之を右電気冷蔵庫の売却代金にかえ原告に譲渡したことを認めることができる。而して、以上の認定を覆すに足る証拠はない。尤も、原告本人尋問の結果中には原告が右電気冷蔵庫を被告会社名義で売却した際、被告会社は右売買につき何等かの意味において責任を負担する旨約定したとの趣旨の部分があるけれども信用できない。他にはかような事実を認めるに足る証拠はない。而して、本件約束手形は前記先発約束手形の単なる書替手形にすぎないことは前に認定した通りであるから、右先発約束手形とその原因関係を同じくすることは明かである。

以上の事実によれば右約束手形は前記電気冷蔵庫の売買代金の支払のため(被告会社を受取人として)振出されたものであるに拘わらず、被告会社は右売買については単にその名義の使用を許したほかは何等の関係がなく、その結果実体関係にそわない右手形の受取人名義をこれに合致せしめるためその裏書を為したに止まるから、右手形の裏書譲渡はその原因関係を欠くというのほかなく、訴外奥村祥三は右事実を知つていたことはいうまでもないことで、同人は原告の委託に基づきその実質上の代理人として右売買に関与したものであることは明かであるから、被告会社は右原因関係の欠除を以て原告に対抗しうるといわなければならない。

従つて、原告の本訴請求は理由なしとして之を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条及び第九十五条本文を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松尾巖)

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